ウィークエンドとのコンサートから半年も経たないうちに、
また、オフコースに会える日が訪れました。
今度は「精霊流し」のヒットを飛ばしたグレープとのジョイントです。
ウィークエンドとの時もそうでしたが、
まだヒットがなく知名度の低いオフコースは、
当然乍ら前座扱いです。
でも前座でも何でも、彼らがコンサートをしにやって来てくれる、
というだけで、とっても嬉しかったものです。

話は少し脱線しますが、オフコースはこの日のコンサートの9日前、
3月22日に東京の日本青年館ホールで
「小さな部屋」と銘打ったシリーズ物のコンサートを始めたところでした。
企画大好き人間を自認する小田さんならではのアイデアコンサートで、
毎回決まったテーマに沿って行われ、
音楽や表現することについて一緒に考察して行こうという実験的なものでした。
このコンサートは回を重ね、結局、
’78年4月のvol.8まで続いて行くことになります。
当時こんなことをやってのけるアーチストなんて、
彼等以外どこにもいませんでした。
音楽に対する真摯な姿勢がひしひしと伝わって来て、
増々彼等から目が離せなくなりました。
今思い返せば、この「小さな部屋」コンサートを始めたことで、
特に首都圏でのファンが徐々に増えていったような気がします。
このコンサートは誰から言われた訳でもありません。
まさに彼等自身がひそやかに風を巻き起こそうと立ち上がったのです。
それは、まだ誰にも気付かれないくらいのささやかな微風だったけれど。

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この日のコンサートでは、その「小さな部屋」コンサートのために作った
テーマソング「小さな部屋」も歌ってくれたような記憶があります。
それと後々アルバム「ワインの匂い」に収録されることになる数曲も
演奏したような気がします。
後日ちゃんと思い出すことがあれば、また更新するつもりです。

ただ、この日も何故かお天気だけはハッキリ覚えています。
細かい雨が降っていました。ちょっとの距離なら傘はいらないけれど、
長く歩くには傘が必要、という雨でした。
風はなく、北海道の春の雨にしては暖かかった気がします。
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# by kazemiti | 2005-09-08 23:09 | コンサート | Trackback | Comments(7)

オフコースに出会った’73年1月は、
まだシングル盤の「僕の贈りもの」も発売されてはいませんでした。
でも、小田さんのあの声を少しでも聞いていたい、という思いから、
毎週土曜の夜、レギュラーで出演していたTBSラジオの「ヤングタウン東京」を
聞くようになりました。
更にはレコード屋さんへ行き杉田二郎さんのLP「アパートメント1109」
をゲット。これは、オフコースがバックコーラスをしているアルバムでした。
この時点で既にオフコースのシングル盤「群衆の中で/陽はまた昇る」と
「夜明けを告げに/美しい世界」は廃盤になっていました。
かろうじて「おさらば/悲しきあこがれ」だけは入手可能だったので
迷わず購入。
2月20日にシングル盤の「僕の贈りもの」が発売され、
6月にはいよいよ待望のアルバムを手に入れることが出来ました。
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そのアルバムには
ファンクラブへのお誘いが
書かれていました。
早速入会したのは
言うまでもありません。


ラジオと、まだ枚数の少ないレコードと、ファンクラブからの会報。
この3つを頼りにオフコースファンを続けていたのです。

そしてそして、待てば海路の日和有り。
またオフコースに会える日がやって来ました。
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その年の春「岬めぐり」のヒットを飛ばした山本コータロー&ウィークエンド
と一緒のコンサートでした。
トップバッターはゲストのイルカさんで、彼女の30分程のステージのあと、
オフコースが登場しました。
既に記憶がおぼろげで、どんなMCをしたかや詳しい曲目など
よく覚えてはいないのですが、恐らく「もう歌はつくれない」や
「逃すなチャンスを」「僕の贈りもの」「水曜日の午後」など演奏した筈。
また後で当日の記憶がよみがえるようなことがあれば、
改めて更新するつもりです。
ただハッキリと覚えているのは、この夜、
外はかすかに粉雪が舞い、冬の始まりの冷たい風が吹いていましたが、
心の中はまた再会出来た嬉しさでほわ〜っと暖かだったこと。
やっぱり生で聞く小田さんの声はとても素晴らしいと、
思いを新たにしたことです。
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# by kazemiti | 2005-09-07 15:15 | コンサート | Trackback | Comments(16)

'73.1.9 出会いは春一番

「出会いは風のようで〜」で始まる「ひととして」という曲が生まれるのは
この日から数年待たねばなりませんが、初めてオフコースに出会った時、
確かに春一番のような突風に見舞われた気がしました。

‘73年1月9日。
この日のジョイントコンサートで初めてオフコースを知りました。
他の出演者は、加川良&中川イサトさん、泉谷しげるさん、
昨年亡くなられた山平和彦さん。そして当時オフコースがB・G・Vを勤めていた
杉田二郎さんでした。
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「春夏秋冬」「白雪姫の毒リンゴ」「黒いカバン」などで大暴れした泉谷氏のあと、
オフコースの2人のお兄さん達が静かな佇まいで登場しました。
その日初めて耳にしたオフコースの曲は、あろうことか、
「小田さんのソロ」の「僕の贈りもの」でした。

当時のコンサートは今のようにP・Aや照明毎移動するのではなく、
会場にある設備をそのまま使用していたのです。

ステージに向かって左側、椅子に腰掛けて一曲目の「僕の贈りもの」を
歌い終えた小田さんはこう言いました。
「上手のマイクを入れて下さい」
..........鈴木さんのマイクが入っていなかったのです。
このあと何年も経ったのち、小田さんがソロで
「僕の贈りもの」を歌う日が来るとは、
だぁれも思ってもみない頃のほんのささいな出来事です。
けれどこの日、この時から今に至るまで、
この夜初めて耳にした小田さんの声に心は捕われたままでいます。
これからすこぅしずつ、今まで見て来たコンサートを振り返り、
その時々に感じた「風」を何とか伝えることが出来たらいいな、と思っています。

この日のコンサートでは、前述の「僕の贈りもの」の他、
「でももう花はいらない」「水曜日の午後」「さわやかな朝を迎えるために」
の4曲を演奏し、20分ほどのステージを終えました。
MCで印象に残っているのは、
「さっき楽屋に僕の贈りもののトラックダウンが出来た、と東京から
電話が入りました」
と小田さんがとっても嬉しそうに話していたこと。
それと、前夜札幌で北山修さんと飲みに行って、
「オフコースはあまり喋らない方がいいよ、と言われた」
と言っていたことです。
その後何年か続くことになる「無口なオフコース」は
北山氏の影響だったのでしょうか?

コンサートの翌日10日(水)は、真冬の北海道にしては珍しく
雨降りでした。
「暖かい雨の降る水曜日〜」
と前夜耳にしたばかりの曲を口ずさみ乍ら本屋へ行き、
音楽雑誌をめくってオフコースのお兄さん達のプロフィールを調べたことが、
昨日のように思い出されます。
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# by kazemiti | 2005-09-02 13:18 | コンサート | Trackback(1) | Comments(23)